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大阪高等裁判所 昭和42年(う)1266号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は大阪地方検察庁検察官検事卜部節夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人菅原昌人外一二名共同作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点について。

所論は、要するに、国家公務員法一〇〇条一項にいう「秘密」の意義に関し、国家機関が秘匿の必要があるものと認めて秘扱の指定をした事項は、その指定が何人がみても一見明白に理由がないと考えられる場合(そのような指定は指定権の濫用となり無効である)を除き、秘扱の指定がなされたという一事をもつて同条項にいう「秘密」に該当するものと解すべきところ、原判決が、同条項のいう「秘密」であるためには単に右のごとき指定がなされたというだけでは足らず、さらに実質的に刑罰によつて保護するに値する秘匿の利益すなわち実質的秘密性が存することが必要であるとし、本件各文書が権限ある国家機関により秘扱の指定がなされていたものであることを肯認しながら、国家公務員法一〇〇条一項にいう「秘密」に当らないとしたのは、同法条の解釈適用を誤つたものである、というのである。

よつて、所論にかんがみ、まず本件各文書がいわゆる形式的秘密性を具備していたものかどうかについて検討するに、原審証人村山達雄、同竹腰洋一、当審証人久田重次郎の各供述、吉田末男の検察官に対する供述調書、押収にかかる昭和三二年分営業庶業等所得標準率表(当庁昭和四二年押第三七八号の六)、昭和三二年分所得業種目別効率表(同号の八)、「昭和三二年分営業庶業所得標準率について」と題する書面(同号の一)、「昭和三二年分所得業種目別効率表(付業種目別売上指数表およびたな卸資産増減指数表)について」と題する書面(同号の二)、営業庶業等所得標準率表及所得業種目別効率表交付簿(同号の五)、大阪国税局文書取扱規程(同号の三)、大阪国税局管下税務署文書取扱規程(同号の四)を総合すると、大阪国税局の昭和三二年分営業庶業等所得標準率表および同年分所得業種目別効率表(以下本件標準率表および効率表という)は、昭和三二年一二月同国税局において作成され、翌三三年一月管内各税務署長を通じて各税務署の所得税係に課税事務の資料として配付されたものであるが、その際、同国税局長は、従来からの国税庁の方針に従い、右各表の内容が税務官庁の外部に漏れると税務行政上支障が生ずるおそれがあるとして、同局文書取扱規程に則り外部に対して秘密とすることを要するものと指定し、本件標準率表の表紙に、本件効率表の表紙にとそれぞれ印刷したうえこれに一連番号を付し、管内各税務署長に対し、それぞれ部数および番号を特定し「取扱に留意し、いやしくも外部に漏洩することのないよう厳に注意されたい」旨の通達を添えて送付し、当時被告人の所属していた堺税務署においても、交付簿を作成してこれに各係員に交付した各表の番号を記録し、各表の配布保管状況を明らかにしていたことが認められ、右事実によると、本件標準率表および効率表は、国家機関が秘匿の必要があるものと認めて秘扱の指定をし一般への漏洩を禁ずる旨を明示していたもの、すなわち、いわゆる形式的秘密性を具備していたものであるということができる。

ところで、国家公務員法一〇〇条一項は「職員は職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする」と規定し、同法一〇九条一二号は右規定に違反して秘密を漏らした者に対する罰則を定めているのであるが、右秘密の意義ないし内容については同法はなんら規定を設けておらない。しかし、右条項が刑罰法規であること、ならびにその法意が秘密そのものを保護することにあると考えられること等に徴し、同条項にいう「秘密」であるためには、刑罰によつて保護するに値する秘匿の必要性、すなわち、いわゆる実質的秘密性を備えたものでなければならず、単に国家機関により秘扱の指定がなされているというだけでは足りないと解すべきである。(なお、その事項が公知の状態になつていないことを要するのは勿論である。)従つて、国家機関が秘匿の必要があるものと判断して秘扱の指定をした事項についても、裁判所は右国家機関の判断に拘束されることなく独自に実質的秘密性の有無を判断すべきものといわなければならない。もつとも、裁判の公開の原則と秘密保護の要請とは互に矛盾する関係にあるから、右実質的秘密性を立証するには、必ずしも秘密とされる事項の内容自体を明らかにしなければならないわけではなく、当該事項につき国家機関の秘扱の指定がなされている場合は、右に替えて、その秘扱の指定が国家機関内部の適正な運用基準に則つてなされたこと、あるいは、当該事項の種類、性質、秘扱を必要とする由縁等を立証することにより実質的秘密性を推認せしめうる場合もあり、そのような場合には秘扱の指定がなされていることはその依拠する指定基準(指定権者、秘密の範囲、指定および解除の手続)と相俟つて実質的秘密性の立証の一の有力な資料となりうるものということができる。しかし、秘扱の指定の効果は右の限度に止まるものというべく、所論のごとく単に国家機関が秘扱の指定をしていることの一事をもつて国家公務員法一〇〇条一項にいう秘密に当るとする見解は採用し難い。従つて、以上と同旨の原判決の判断は正当であり、論旨は理由がない。(なお、本件においては、前掲大阪国税局文書取扱規程をみても、機密文書を部内においても秘密を要する「極秘」と部外に対して秘密を要する「秘」に区分しその旨文書に表示することのほかは、もつぱら秘密の漏洩を防止するための機密文書の取扱方法を定めるのみで、秘密の範囲、秘扱の指定および解除の手続等についてはなんら定めておらず、他の証拠によつてもこれら秘扱の指定および解除の運用基準が当時大阪国税局ないし国税庁内部で確立されていたものとはとうてい認められない。)

控訴趣意第二点について。

所論は、要するに、かりに国家公務員法一〇〇条一項にいう「秘密」であるためには国家機関が秘扱の指定をしたというだけでは足らず、いわゆる実質的秘密性を有することが必要であるとしても、本件標準率表および効率表は本件発生当時右の実質的秘密性を具備していたものであり、これを否定した原判決には事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤がある。すなわち、原判決は、税務行政における標準率および効率の機能に関し、右二率が白色申告者の相当部分について税務当局により課税標準認定のため法則的なものとして適用されていたとして事実の認定および法律的評価を誤つたうえ、租税法律主義の意義を誤解し、同主義の精神を事実認定の領域に不当に敷衍して、標準率および効率は納税者に予測さるべきものであつてこれを秘匿することは許されないとし、さらに、右二率を公表することによつて生ずべき税務行政上の弊害を軽視または無視し、かつ、本件発生当時本件二表掲載の二率の大綱はかなり広く知られていたのではないかという誤つた推測に立つて本件二表の秘匿の利益を過少に評価し、結局、右二表の実質的秘密性を否定したものであつてとうてい是認できない、というのである。

(一)  よつて、まず、本件標準率表、効率表の意義、内容および作成方法ならびに標準率および効率の性質ないしその本来的な機能等について検討するに、原審証人村山達雄、同竹腰洋一、同佐藤健司、同大島隆夫、当審証人多田稔の各供述、前掲昭和三二年分営業庶業等所得標準率表および昭和三二年分所得業種目別効率表ならびに大阪国税局直税部長広江運弘作成の「昭和三二年分営業庶業等所得標準率表および同所得業種目別効率表の作成方法について」と題する書面を総合すると、本件標準率表は、営業庶業といわれる農業以外の事業所得者につき、昭和三二年分の収入または売上金額に対する所得金額(但し、いわゆる標準外経費控除前のもの)等の比率を業種目別に掲記した一覧表であり、営業の部に属する甘味喫茶等約二八二の業種および庶業の部に属する医師等約一四〇の業種につき、なお営業の部においては製造、販売、修理、卸、小売等の業態の区別をして、収入または売上金額に対する所得率、差益率、雑収入率、固定資産税加算率、標準経費率(費目別)および製造原価率(但し、庶業の部の医師以外の業種については標準経費率および製造原価率の欄はない)を掲げ、所得金額の算定に当つては、調査によつて把握した収入または売上金額に所得率(事業用の土地建物を借用している者については固定資産税加算率を加算する)を乗じた金額から個々に実額を調査した標準外経費(雇人費、減価償却費、地代家賃、遊興飲食税、入場税、借入金利子および貸倒金等)を控除して得た金額をもつて所得金額とし、なお、差益率、標準経費率および製造原価率は、収入もしくは売上金額または仕入もしくは製造原価額の算定等にも使用しうるものであつたこと、本件効率表は、昭和三二年分における農業以外の中庸的な規模の事業所得者を基準とした従事員数、在庫品高等の外形標準(効率項目)と収入または売上金額との関係を示す数額の業種目別一覧表であり、収入または売上金額と効率項目の員数との相関関係が比較的高いと認められる甘味喫茶等三五の業種(小売業二五種、製造業二種、サービス業八種)につき、三都市(大阪市、京都市、神戸市)市部(上記三都市以外の人口五万人以上の市制施行地)町部(人口五万人未満の市制施行地)の地域別に、従業員数のほか在庫(靴小売業等)、テーブル(甘味喫茶等)、椅子(バー等)、釜(すし屋等)、燃料(浴場等)、部屋(旅館)ドライヤー(美容院)等の効率項目一単位当りの収入または売上金額を効率として掲げ、実際の使用に当つては、後記標本調査の場合と同じ基準に従つて把握評定した効率項目の員数に右効率を乗じて算出した金額(二種の効率項目別に計算する算術平均算式と二種の効率項目を同表掲記のウエイトの割合に従つて組合わせて計算する加重平均算式とがある)に、さらに事業の規模、立地条件等個々の実情に応じ同表掲記の割合の範囲内で加算減算を施した額をもつて収入または売上金額とするものであつたこと、この種の標準率表および効率表は毎年各国税局毎に作成されていたものであるが、昭和三二年当時の大阪国税局における右二表の作成方法の概要についてみるに、まず標準率表は、当時同表掲記の四二〇余の業種のうち循環的に毎年約六〇業種ずつにつき、管内税務署に標本調査をさせ、それによつて得た資料に基づき標準率の改訂作業を実施していたが、右標本調査は、同国税局が管内業者の分布状況等に照らし前記三都市、市部、町部の地域区分毎に調査に当るべき三税務署ならびにその調査すべき業種および件数を指定し、指定された税務署は管内納税者の中から年間所得金額が三〇万円以下のもの、同三〇万円を超え五〇万円以下のもの、同五〇万円を超え七〇万円以下のものに区分した所得階層別に一業種につき三件ずつの調査対象者(標本)を乱数表を用いた等間隔抽出法により無作為に抽出し(従つて、一業種の調査対象者は合計八一件となる。なお、帳簿書類の不備等により完全な実額調査ができないもの、経営状態が異常なもの、年の中途において開業もしくは廃業しあるいはかなりの期間休業したもの、ならびに兼業割合が三割を超えるものは除外し、その場合は次の番号のものを抽出する。その結果、調査対象者は主として帳簿書類の完備した青色申告者が抽出されることとなる)、それらの者につきそれぞれ事実上の収支の実額調査を実施し(もつとも、調査時期の関係から調査時未経過の一一月ないし一二月分については当年一〇月までの実績、景況および前年の実績等を総合して推計する。後記効率についても同じ)、かつ、調査表を作成してこれを国税局に送付し、国税局においては、右各標本資料に基いて所得率の平均値および標準偏差を求め、各資料のうち標準偏差の1.5倍を右平均値に加減した巾から外れるものを異常なものとして除外し、残つた資料の各所得率を算術平均して所得標準率を算出し、差益率その他の標準率も同資料の各比率を算術平均して算出していたこと、次に効率表は、毎年同表掲記の全業種につき管内税務署に標本調査をさせて効率改訂作業を実施していたのであるが、効率項目は従来の調査経験にかんがみ当該業種において収入または売上金額との相関関係がより高いと考えられるものを国税庁および国税局において決定し、標本調査は、国税局において標準率の場合と同様三地域区分毎に調査に当るべき三税務署ならびにその調査すべき業種および件数を指定し、指定された税務署は管内の納税者で年間所得金額が三五万円を超え七〇万円以下の者の中から一業種につき九件の調査対象者を標準率の場合とほぼ同様の方法で無作為に抽出し(従つて、一地域区分一業種毎に二七の調査対象者が抽出される)、それらの者について一定の基準に従つた効率項目の員数の把握評定と収入または売上金額の実額調査を行い(なお、この調査が前記標準率の標本調査と同一の対象者について同時になされることもある)、各々の調査表を作成してこれを国税局に送付し、国税局においては、効率項目毎に前記標準率と同様な方法で異常な標本資料を除外し、残つた資料の各効率を算術平均して算術平均算式の効率を算出し、右算術平均算式の各効率項目の効率の変動係数(標準偏差を平均値で除したもの)の逆数をウエイトとし、各ウエイトを右各効率に乗じて加重平均算式の効率を算出し、なお、各変動係数を用いて加算および減算割合を定めていたことの各事実が認められる。そして、これらの事実ならびに当審鑑定証人宮川公男の供述に徴すると、要するに、本件二表における標準率または効率は、個人の事業所得に関し税務官庁が統計学的手法によつて算出した同種業者の収入または売上金額に対する所得金額(但し標準外経費控除前の額)、差益金額等の比率の平均値、あるいは従事員等一定の外形標準(効率項目)の一単位当りの収入または売上金額の平均値であり、その算出方法は統計学的にみて格別不合理な点はなく、これを税務行政上使用する場合もその使用方法が平均値としての性質に反しない限り一応の合理性を有するものということができる。そこで、右のごとき標準率および効率が税務行政上いかに使用されるべきかについて考察するに、まず、納税義務者の記帳額、申告額あるいは右二率を使用しない方法による調査額の当否を検討するための資料として使用すること、すなわち、記帳額、申告額、調査額における所得率等と所得標準率等(あるいは記帳、申告、調査にかかる所得金額等と標準率ないし効率を用いて算出した所得金額等)とをそれぞれ比較し、当該納税義務者の特殊事情の有無を勘案しながらその間にどれほどの隔りがあるかをみることにより、右各額の当否あるいは調査またはより詳細な調査の要否を判定するための目安として使用することは、平均値としての右二率の性質からいつてもちろん是認さるべきであり、次に、推計計算の方法によつて更正(白色申告者ならびに青色申告の承認を遡つて取消されて白色申告者として扱われる者に対する場合に限る)または決定をする場合、一定の要件のもとに推計の資料として使用することもまた是認さるべきである。すなわち、課税処分における所得金額の認定は、原則として納税義務者の帳簿書類等直接的な資料からその収支を明らかにし所得の実額を捕捉するいわゆる実額計算の方法によるべきであるが、納税義務者が信頼しうる帳簿書類を備えず税務調査に対し資料の提供を拒否し誠実な説明応答をしない等非協力的な態度をとるため所得の実額を捕捉するに足る資料が得られない場合は、間接的な資料から所得の近似値を求めるいわゆる推計計算の方法によらざるを得ない。つまり、推計課税は、所得の実額を捕捉することができない場合に蓋然性的考察により右実額に近似する数値を把握し、これに対して課税することで満足しようとするものである。従つて、推計課税をなすべき場合、標準率および効率を用いて所得金額を算定することは、当該納税者の営業状態が他の同業者のそれと比較して著しく異る等、右二率の適用を排斥すべき特段の事情のない限り、平均値たる二率の性質に反せず一応合理的であるということができる。もつとも、推計計算によつて算出される所得金額と所得の実額との間にはより高度の近似性が要求され、かつ、推計の方法は元来多種多様のものが考えられるから、個々の事案における推計方法は、当該納税義務者の所得金額を算定するについてできるだけ合理的なもの、換言すれば、当該納税義務者の所得の実額にできるだけ近似する数値が得られるようなものを選択すべきであり、個々の納税義務者の具体的事情を考慮することなく、他により合理的な推計方法をとりうる場合をも含めて一律機械的に標準率ないし効率を使用して所得金額を算定することは避けなければならない。とはいえ、個々の事案において採用しうる推計方法はその基礎となる間接資料のいかんによつて制限され、間接資料の収集は当該納税義務者の税務調査に対する協力の程度いかんによつて大きく左右されるのであるから、推計方法の具体的合理性については常に右の納税義務者の協力の程度と相関的に判断しなければならないというべきである。

(二)  次に、本件発生当時標準率および効率が税務行政の実際において営んでいた機能ならびにその当否について検討するに、原審証人村山達雄、同竹腰洋一、同阿河一男、同佐藤健司、同大島隆夫、同宮崎富吉、同大野雅章、同横手佑好、同二宮正昭、同三浦卓郎、同山本龍男、同中村文男、同近藤慶徳、同伊藤鎌吉、同沖良一および当審証人佐古田保の各供述、吉田末男の検察官に対する供述調書、国税庁長官高橋衛作成の「一人別権衡調査カードの作成について」と題する書面および「商工庶業所得実額調査書の調理要領について」と題する書面(いずれも写)、国税庁作成の「申告所得税の主要簿書の種類、様式及び取扱要領」と題する書面(抜すい写)、国税庁長官渡辺喜久造作成の「営業庶業所得調査書の調理要領の制定について」と題する書面(写)ならびに前掲昭和三二年分営業庶業等所得標準率表および昭和三二年分所得業種目別効率表を総合すると、当時、標準率および効率は、(1)青色申告者および白色申告者に対し前記のごとき方法で記帳額、申告額および右二率を使用しない方法による調査額の当否を検討するための目安として用いられる場合、(2)白色申告者に対するいわゆる事前調査において推計調査を行うに当り推計の資料として用いられる場合、ならびに(3)推計課税における推計の資料として用いられる場合があつたこと、右(2)および(3)の場合についてみると、当時税務官庁は、農業以外の事業所得者すなわち営業庶業による所得者のうち約六〇パーセントを占めていた白色申告者の相当部分を対象として事前調査を実施していたが、事前調査の態様にはその精粗の別により収支実額調査(本来の意味の実額調査のほか、推計調査でも本来の意味の実額調査に匹敵するほど明確に収支額を捕捉しえた場合を含む。次の基本実額調査も収入売上金額については同じ)、基本実額調査、実態調査、簡易調査と称する四種類のものがあり、調査件数の約五ないし一〇パーセントを占めていた収支実額調査以外の調査では原則として所得金額の算定に所得標準率を使用し、また、調査件数の約二〇ないし三〇パーセントについては収入または売上金額の算定に効率を使用していたこと(効率を用いる場合は同時に所得標準率をも用いることになる)、そして事前調査を終えた後確定申告期間に納税相談と称して白色申告者に対する申告指導を行つていたが、事前調査を実施した者に対しては、同調査の結果に基き調査額を明示または暗示するなどして申告の指導をし、その結果それらの者の大部分は調査額に近似または一致する額をもつて確定申告をし、申告是認の処置を受けて自己の納税義務を確定させていたこと、また、税務官庁は、申告額と事前調査額との間に著しい差があつて確定申告を是認し難い場合は、事前調査において精密な調査がなされたものを除き、原則として見直し調査(事後調査)を実施し、同調査額に基いて納税義務者に修正確定申告を慫慂し、納税義務者がこれに応じない場合は同調査額によつて更正をすることになつていたこと、当時、申告所得税の納税義務者のうち更正または決定の処分を受ける者の割合は約二パーセント程度であつたが(他は申告是認または修正申告是認の処置を受けていた)、推計調査による更正または決定、すなわち推計課税をするに当り標準率または効率を推計の資料として使用する場合は、おおむね前記説示のような要件のもとに、すなわち、帳簿書類の不備等のため実額調査ができず、当該納税義務者の業態が特に異常なこと等右二率の使用を阻げるべき特段の事情がなく、かつ、納税義務者の調査に対する協力の程度等との関連においてより合理的な推計方法をとることが困難な場合に、右二率を使用していたことの各事実が認められる(なお、当時における事前調査および申告指導の実態については、原審および当審における各証人の証言内容がはなはだ区々であり、より詳細な点は明らかでない)。そして以上の認定事実にかんがみると、当時の税務行政の実際において標準率および効率が納税義務者の記帳額、申告額あるいは右二率を使用しない方法による調査額の当否を検討するための目安として使用される場合、ならびに推計課税を行うに当り推計の資料として使用される場合は、原則的にみて、その使用方法にとくに不当と目される点はなかつたということができるが、右二率が事前調査において所得金額推計の資料として調査額の算定に用いられ、さらにその調査額に基いて申告指導がなされる場合は、いささか問題があるといわなければならない。前記認定事実によれば、当時標準率および効率は、事前調査において相当広範囲にわたり所得金額推計の資料として用いられていたため、個々の納税義務者の所得金額を推計する資料として具体的に合理性ないし妥当性をもつかどうかを十分吟味しないで使用されていた嫌いがあり、しかも、そのようにして算出された調査額に基いて申告指導がなされ、その結果対象者の大部分が右調査額に近似または一致する額で所得の申告をし租税債務を確定させていたのであつて、このような税務官庁の事前調査ないし申告指導の方式が申告納税制度の本来の趣旨からいつて好ましくないものであることは明らかである。申告納税制度の本旨からいえば、右のような申告指導はしないに越したことはなく、また、するとしても個々の納税義務者の具体的事情に即応したより精密な調査をし、その結果に基いてすべきである。しかしながら、当時白色申告者に対する申告指導が必要とされた所以は、前掲証拠によれば、それらの者の大部分が正確な記帳をしておらず、その納税意欲も低調であつたため、税務官庁がその申告に関与しなければ、極端な過少申告や無申告が続出し、税務行政に著しい混乱を招くおそれがあつたため、一方において青色申告の普及に努めるとともに、いわば過渡的な措置として事前調査額に基く申告指導を行い、白色申告者の極端な過少申告や無申告を防止しようとした点にあつたことが認められ、また、事前調査においてすべての対象者につき精密な調査を行うことは、税務行政機構上限度のある調査能力を適正かつ効果的に配分しなければならない点からいつてとうてい困難であり、そのためかなり広汎に標準率および効率を用いて調査額を算出せざるをえなかつたものと考えられるのであつて、要するに、右のような申告指導が行われていた原因は、その対象となる納税義務者の申告納税制度に対する自覚と協力の不足、ならびに税務官庁の調査能力の量的不足にあつたということができる。そもそも申告納税制度のもとにおいては納税義務者は自己の所得金額等課税標準を自ら適確に把握してこれを申告すべきことが要求されており、他方、右申告指導は単なる行政指導であつて課税処分ではないのであるから、納税義務者としては、帳簿書類その他の資料を整備するなどして自己の所得金額を適確に把握しておれば、たとえ右のごとき申告指導がなされても容易に自己の所得の実額を申告することができる筈である。多くの白色申告者が税務官庁の事前調査額に近似または一致する額で所得の申告をするに至るのは、自ら把握している自己の所得の概算額(白色申告者といえどもいやしくも事業を営む者である以上その多くは少くとも自己の事業から生ずる所得の概算額は把握している筈である)と事前調査額とを比較し両者が近似しているか少くとも前者が後者より著しく低額でないことを察知し納得したうえでのことか、あるいは、始めから自己の所得金額を把握しようとする意思を放棄して事前調査額による申告指導に甘んじたかであつて、いずれにしてもそれは税務官庁の強制ないし事前調査額の拘束力によるものではなく、納税義務者の自主的な申告であるといわざるをえない。この点、課税処分たる更正または決定において標準率または効率が使用される場合とは明らかに異るものというべきである。このような点からみると、税務官庁の前記のごとき事前調査ないし申告指導における標準率および効率の使用方法も、そのこと自体から右二率の秘匿の利益が否定されるほど不当なものとは考えられない。

(三)  ところで、原判決が本件標準率表および効率表の実質的秘密性を否定した主たる理由は、要するに、標準率および効率を所得金額認定のため適用すること自体はいわば事実認定の領域に属し租税法律主義に反しないが、右二率を所得金額認定のために適用しながらこれを秘匿することは租税法律主義の精神に反し許されない。けだし、租税法律主義の精神は租税の領域における法的安定性を確立し国民の財産権を保障することにあり、そのためには税務当局の行う租税法規の解釈適用ならびにその前提となる課税要件事実の認定の規準が納税義務者において予測しうる状態になつていなければならないところ、標準率および効率は税務行政において課税要件事実たる所得金額認定のためその規準たる客観的経験則として適用されているものと認められるので、当然納税義務者たる国民に予測さるべきものといわなければならないからである、というのである。

よつて、この点につき検討するに、租税法律主義は、租税の種類ないし課税の根拠のみならず、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等の課税要件ならびに租税徴収の方法等を法律によつて定むべきことを要求するものであり、その趣旨が国民の財産権を保障し租税の領域における法的安定性と予測可能性を確保する点にあることは原判決の説示するとおりであるけれども、課税処分における課税要件事実の認定についてまで租税法律主義ないしその精神が機能するものとは考えられず、右事実認定の領域に予測可能性を要求することには賛成できない。けだし、法律の定める課税要件に該当する事実が存する限りにおいて納税義務が発生するというのが租税法律主義の本来的な意義であり、また、課税要件事実については納税義務者自身が最もよく認識しうる立場にあるのであるから、その認定がいかになされるかということにつき予測可能性を論ずる必要はなく、ただ事実認定の過程が条理、すなわち論理法則および経験法則にかなつた合理的なものであれば足るというべきだからである。のみならず、推計課税において標準率または効率が所得金額認定のため使用される場合、右二率は事実認定の規準たる経験法則としてではなく、所得金額を推計するための間接事実、すなわち、事実認定の資料として用いられるものとみるべきであり、従つて、そこで要求されることは、右二率自体がその算出方法に照らし合理的なものであること、ならびに二率が当該納税義務者の所得金額を推計する資料として適格性を有すること、換言すれば、その使用方法が合理的であることに止まるというべく、いずれにしても標準率および効率が納税義務者に予測さるべきものであるとは考えられない。(かりに右二率が推計課税において個々の納税義務者の具体的事情を考慮せず一律機械的に使用されていたとすれば、その個々の事実認定が論理法則、経験法則に違反した不合理なものとなると同時に、その使用方法の不当性の故をもつて秘匿の利益の存否が問題となるのであり、原判決のいうように租税法律主義の精神からその秘匿が許されないことになるのではない。)なお、原判決は租税特別措置法二六条一項および旧所得税法(昭和三三年法律三九号による改正前のもの)四五条三項をもつて標準率および効率が納税義務者に予測さるべきことの租税法上の根拠とするが、前者は、社会保険診療報酬の所得計算上、必要経費を一律七二パーセントとみなし所得率を法律によつて擬制したものであり(従つて、本来の意味の所得標準率を法定したものではない)、また、後者は、推計課税をなしうる場合がある旨を確認的に規定するとともに推計の方法の大要を例示したものであつて、右いずれの規定からも標準率および効率が納税義務者に予測さるべき趣旨を汲みとることはできない。要するに、原判決は税務行政における標準率および効率の機能を誤認し、かつ、租税法律主義の意義を誤解して同主義の精神を事実認定の領域に不当に敷衍したものといわざるをえない。

(四)  そこで、本件発生当時果して本件標準率表および効率表を一般から秘匿する必要があつたかどうかについて判断することとする。本来、申告納税制度は所得金額等課税標準の内容を最もよく認識することのできる納税義務者本人をしてその課税標準等を、自主的に申告させることにより個々の租税債務を適正かつ円滑に確定しようとするものであるから、同制度がその趣旨どおりに運用されるためには納税義務者自身が自己の課税標準の内容を適確に把握し、かつ、これを正確に申告することが必要であり、そのためには個々の納税義務者が高度の納税道義を保持するとともに、所得計算の複雑な事業所得等については課税標準の内容を明らかにするに足る正確な記帳を行うことがとくに要求される。そして、青色申告制度は、この種の申告を選択する者に対し法令の定める要件に適合する記帳および会計処理を義務づけるとともに種々の特典を付与することにより、正確な記帳と申告を普及しようとするものであつて、このような青色申告制度の育成を図ることは申告納税制度の健全な発展のためきわめて肝要なことと考えられる。しかるに、前記認定にかかる標準率表および効率表の意義、内容、性質およびそれが当時の税務行政において営んでいた機能の諸点に、原審証人村山達雄、同竹腰洋一、同大島隆夫、同伊藤鎌吉、同沖良一および当審証人佐古田保の各供述を総合すると、本件発生当時、標準率表および効率表の内容が全面的に一般に開示されると、当時の納税者一般の納税に関する意識ないし態度とくに申告納税制度に対する理解と協力の程度ならびに記帳の慣習の普及状況等にかんがみ、記帳の煩雑さから逃れ標準率や効率に依拠して申告しようとする安易な気持、あるいは事後調査や争訟を回避したい気持から、自己の所得金額または収入、売上金額が標準率や効率によつて算出した金額より相当低額であることが明らかな場合のほかは、一般的に標準率や効率によつて算出した金額で申告しようとする風潮が生じ、正確な記帳をしようという意欲が減退し、青色申告者が減少するか少くとも増加せず(なお、小企業の場合はいわゆる青色申告の特典によつて受ける利益はさして大きくない)、そのため青色申告制度を中核とする申告納税制度の発展が阻害されるおそれがあつたこと、とくに実際の所得金額または収入、売上金額が標準率や効率によつて算出した金額より高いことが明らかな場合は、右のような傾向がいつそう強まるとともに、青色申告であれば売上の圧縮、架空経費の計上等の記帳の操作をし、白色申告であれば帳簿書類を隠匿し、あるいは当初からことさら記帳をしないでおくなどして、標準率や効率に合わせて過少申告することを誘発するおそれがあつたこと、しかも、そのようにして過少申告がなされた場合は、標準率や効率が記帳額や申告額の当否を検討する目安でもあつたところから、記帳額や申告額が一応の合理性を帯び、右二率による検討の効果が薄れ、それだけ過少申告摘発のための調査の端緒が減少するおそれがあつたことが推認される。(なお、納税義務者が効率を用いて収入、売上金額を算出する場合は、効率表に記載されている効率項目の員数の算定基準に従うほか、従事員の能力評定については適宜自己に有利に評定し、加算減算の割合についてはこれを使用しないか明らかに不当とみられない限度で自己に有利に計算することが考えられる。また、各年分の標準率表および効率表はおおむねそれが適用される暦年の年末頃に作成され翌年一月に各税務署に送付されるが、標準率および効率の数値は年分により変動がないか、あつてもその性質上大差がないと考えられるので、ある年分の標準率表または効率表が開示されると翌年分以降の所得計算にも利用され、さらに翌年分の二表も開示されればそれらの利用度はいつそう大きくなるおそれがある。)原判決は、正確な記帳が企業の正常な運営のため不可欠であること、ならびに帳簿が複雑になればなるほどその改ざんが困難になることを理由に前記のようなおそれはそれほど大きくないというのであるが、事業の種類、態様あるいは規模によつては経営上必ずしも正確な帳簿を要しないものもあり、また、必要であればいわゆる二重帳簿を作成することも可能であり、さらに、前掲証拠によれば、青色申告者の間でも当時法規上認められていた簡易簿記の方式による記帳が相当多く利用されていたことが認められるので、右のような原判決の見解には左袒できない。そして、前記のような事態が生ずれば、税務行政上相当重大な支障となることは明らかであるから、本件標準率表および効率表は当時刑罰によつて保護するに値する秘匿の必要性があつたものというべく、このことは前記認定のごとき事前調査ないし申告指導の実態ならびに後記認定のごとき右二表の内容の一般への漏洩の程度を参酌しても、なお肯認することができる。

もつとも、同じ事業所得に関するものでありながら、農業所得についての田畑所得標準率表は全面的に公表されていたのであるが、前掲証拠によると、それは、一般的に農家に対して記帳を期待することがきわめて困難であること、ならびに田畑の耕作による所得率は地力の近似したところではさして個人差がないこと等から、税務官庁においてその公開による利害得失を勘案したうえ政策的にこれを公開することに踏切つたものであることが認められるのであつて、このことと農業以外の事業所得に関する標準率表および効率表を秘匿することとは必ずしも矛盾するものではないと考えられる。

(五)  最後に、本件発生当時本件標準率表および効率表の内容が公知の状態、すなわち広く一般に知られている状態にあつたかどうかの点について検討する。原審証人村山達雄、同竹腰洋一、同佐藤健司、同大島隆夫、同宮崎富吉、同大野雅章、同繁内康正、同伊藤鎌吉、同沖良一、当審証人佐古田保、同藤原龍太の各供述、吉田末男の検察官に対する供述調書、財団法人大蔵財務協会発行の「百万人の税金対策」、毎日新聞社発行の「税金につぽん」、自由国民社発行の「税金対策の急所事典」(以上三冊子とも抜すい写)、押収にかかる「昭和二五年商工庶業等所得標準率調査について」(当庁昭和四二年押第三七八号の一三)ならびに前掲「昭和三二年分営業庶業等所得標準率表」および「昭和三二年分所得業種目別効率表」によると、我国においては標準率表は戦前から、効率表は昭和二七年頃から税務官庁において作成使用されていたものであるが、いずれもその当初から秘密文書として取扱われており、税務官庁によつてその全内容が公表されたことは一度もなく、これが秘密文書であることは税務職員のいわば常識となつていたこと、実際の取扱状況についてみても、大阪国税局においては、本件発生前から、各標準率表および効率表の表紙に秘扱の指定の表示をし一連番号を附したうえ部数および番号を特定して管内各税務署に送付し、各税務署においても交付簿により署員に対する各表の配付状況を明らかにし、使用の必要がなくなつたときあるいは署員が退職または転勤する際は配付した二表を回収していたこと、本件のごとく税務職員が部外者に二表を貸与したり、これを謄写させたりすることはきわめて稀有な出来事であり、大部分の税務職員は、その取扱に留意し、その内容が部外者に漏洩することのないよう配慮していたこと、もつとも、(1)納税相談の際、署員の中には申告指導の便法として納税義務者に対し当該業種の標準率や効率の数値を告げる者もいたが、それは一部の署員であり、むしろ多くの署員は納税義務者に右数値を察知されることのないよう申告指導の仕方を工夫していたこと、(2)標準率または効率を用いてなされた更正または決定に対し、その取消を求める行政訴訟が提起された場合は、被告たる税務官庁が当該課税処分の適法性を立証するため標準率または効率を所得金額認定のための間接証拠として顕出するのが通例であつたが、そのような際は、標準率表または効率表のうち係争にかかる年度および業種の必要部分のみに限定して開示していたこと、(3)税務署が申告指導を行う際、署員の手不足を補うため税理士に応援を求め、来援の税理士に標準率の一部を知らせることがあつたが、標準率に関係のある所得計算の指導事務のうち税理士に関与させていたのは保険等の外交員、アパート、貸間等比較的問題の少いごく一部の業種であり、その際税理士には標準率表のうちこれら業種の必要な部分の数値のみをメモまたは口頭で知らせていたに過ぎないこと、(4)昭和二六年二月財団法人大蔵財務協会が発行した「百万人の税金対策」と題する書物には所得標準率なる表が掲載されているが、その内容は国税庁作成の「昭和二五年商工庶業等所得標準率調査について」と題する書物に掲載されている標準率調査結果表の内容と同一であり、右国税庁作成の書物は、大蔵省主税局から標準率表作成の方法論的研究を依嘱された統計学者らが、主として業種、地域、営業規模等と所得率との関係を明らかにする目的で、昭和二五年、税務官庁と協力して全国的な規模で調査を実施し、その結果を分析検討したものを冊子にしたもので、そこに掲載されている前記標準率調査結果表の所得率および減価償却費率(いずれも幾何平均値、なお他の比率は記載されていない)は、税務行政において実際に使用されていた各国税局作成の標準率表のそれとはまつたく別個のものであること、(5)昭和三二年六月毎日新聞社から発行された「税金につぽん」および同年一一月自由国民社から発行された「税金対策の急所事典」(いずれも市販されていた書物)には、それぞれ効率表および標準率表なるものが掲載されているけれども、いずれも税務官庁によつて開示されたものではなく、それらの内容を仔細に検討し、かつ、前掲「昭和三二年分営業庶業等所得標準率表」および「昭和三二年分所得業種目別効率表」中黒い紙を貼付されてない部分と対比してみると、少くとも大阪国税局作成の標準率表および効率表から転載したものでないことが明らかであるうえ、「税金につぽん」の方は、標準率につき、所得率、差益率を記載するのみで、雑収入率、固定資産税加算率、費目別標準経費率、製造原価率の記載がなく、効率(業種目毎に六大都市、市部、町部の区分をし、さらにそれぞれにつき所得階層別の区分をしている)についても、加重平均算式のみを掲げた旨の説明があるが、ウエイトの数値や加算減算割合の記載がまつたくなく、また、「税金対策の急所事典」の方は、標準率につき、固定資産税加算率および費目別標準経費率の記載がなく、効率(業種目毎にA級B級C級に区分し、「推計をする資料の比率」として従業員、在庫商品、店舗の位置等につきそれぞれ百分比が記載されている)についても、算術平均算式のものか加重平均算式のものか不明であり、かつ、加算減算割合の記載もなく、その他、両者とも、表の内容や使用方法等の説明がないか、あつてもきわめて不十分であつて、結局、これらは税務官庁によつて実際に使用されていたものを転載したものかどうか不明であるばかりでなく、その内容がはなはだ不備不十分なため納税者が実際に使用しうるようなものではないこと、(6)税務官庁は本件発生前タバコ販売業、酒類小売業につきその所得標準率をそれらの業者団体に開示したことがあつたが、それは、この種業者においては差益率がほぼ一定しており所得率もさして個人差がなく標準率を開示しても弊害が小さいと認めたためであること、税務官庁はさらに作家、芸能人、職業野球選手、弁護士、保険外交員についてもそれらの者の団体に所得標準率を開示したことがあり、その理由は明らかでなく、むしろ税務官庁の便宜主義的な処置とみられないこともないのであるが、それらは標準率表掲記の業種のごく一部であり、開示の相手方の範囲も限定されていたこと、(7)当時、税務官庁を退職し税理士となつて間のない者の中には在職中に知りえた標準率や効率の数値をある程度記憶している者もいたであろうが、それはまさに限られた小範囲の者であり、しかも右二率につき守秘義務を負うた者であつたこと、ならびに、当時納税義務者や税理士の中には税務職員から標準率や効率の数値を探知しようとする者が少くなかつたことが認められ、これらの点を総合すると、本件発生前税務官庁自身標準率表および効率表の内容をその全部にわたり必ずしも徹底して秘匿していたわけではなく、標準率および効率の数値が年分あるいは地域により大差がないことと相俟つて、本件発生当時、本件標準率表および効率表の内容中一部の数値またはその近似値が一部の納税義務者に知られていたであろうことは否定できないとしても、当時右二表の内容はいまだ公知の状態には到つていなかつたものと認めるのが相当である。

以上の次第で、本件標準率表および効率表の内容は、本件発生当時、国家公務員法一〇〇条一項の秘密の要件たる秘匿の必要性ならびに非公知性をともに具備していたものというべきところ、被告人の原審公判廷における供述および検察官に対する各供述調書、原審証人阿河一男の供述、平岡繁三の状況供述書ならびに前掲「営業庶業等所得標準率表及所得業種目別効率表交付簿」によれば、税務署員たる被告人が職務上配付を受けていた本件標準率表および効率表を部外者に貸与してその内容を漏らしたことは明らかであるから、被告人は同条項に違反して秘密を漏らした者であるといわなければならない。

してみると、前記のような理由により本件標準率表および効率表が実質的秘密性を有せず同条項にいう秘密に当らないとして被告人に対し無罪の言渡をした原判決には事実の誤認および法令の解釈適用の誤があり、その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、大蔵事務官として昭和二九年七月から大阪国税局管内堺税務署直税課に勤務し、所得税二係員として所得税の課税事務に従事していたものであるが、昭和三三年二月一二日、堺市所在の堺税務署附近路上において、大阪商工団体連合会幹部三国良雄に対し、かねて被告人が職務上同税務署長より配付を受けていた大阪国税局作成の秘密文書である「昭和三二年分営業庶業等所得標準率表」および「昭和三二年分所得業種目別効率表」各一冊を貸与し、もつて、その職務上知りえた秘密を漏らしたものである。

(証拠の標目)略

(法令の適用)

被告人の判示所為は国家公務員法一〇〇条一項に違反し同法一〇九条一二号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(原田修 栄枝清一郎 青木暢茂)

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